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コロナ禍のオリンピックが終わった。

開催に対しての賛否や数々の「闇」はさておき、始まってしまえばオリンピック好きの日本人の血が騒いでテレビの前に居座り、ネットで結果をチェックしまくっていた、という人も多かったのではないだろうか。

キューバにいる私もまさにそんな感じだった。ここ1ヶ月コロナの状況は最悪でほとんど出かけることもなく家にいてテレビやネットで視聴できたというのもあるけれど、日本とキューバ両国の選手の活躍に心浮かれた。

正直、開始前ブラザードラムユニット DR-21Jについて書いた時は、今回それほどキューバが好成績をおさめるとは期待していなかった。1年延期したことでの調整の難しさはどの選手も同じだけど、コロナ禍で経済状況の悪化、物不足の深刻化するキューバで決してスポーツに打ち込める万全の環境ではなかっただろうにと危惧し、メダルが期待されている選手もしくじるんじゃないかと。

が、キューバ人選手たちは期待を裏切ることはなく、久しぶりに明るいニュースを届けてくれた。

photo by Granma

全ての競技が終了して無事閉会式を迎え、結果、キューバは金7個、銀3個、銅5個の合計15個のメダルを獲得し、国別14位の成績を残した。メダルの数だけじゃないけれど、出場選手69名で15個(カヌーのひとつを除いて全て個人種目)、単純にメダル獲得率を出すとすればかなりの高確率なんじゃない?と思ってしまった。上位をみると先進国と呼ばれる国が多くを占め、そうそうたる大国がズラーっと並ぶ中で14番目のキューバ。どう見ても場違いなこのポジションにカリブ海の小国がつけているのをみると、なんだかすごく誇らしいし、やはりスポーツ大国であると改めて感心させられた。

それでは以下、金メダリストをご紹介!

ミハイン・ロペス photo by Granma, original: Reuters

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レスリング/グレコリーローマンスタイル 130kg級 怒涛のオリンピック4連覇、しかも全試合無失点!強っ!!日本でも「怪物」として紹介されていた。38歳、今大会で引退を表明しているけれど、まだまだいけそうな感じ。

ルイス・アルベルト・オルタ photo by Granma, original: Reuters

【Luis Alberto Orta Sánchez】ルイス・アルベルト・オルタ・サンチェス
レスリング/グレコリーローマンスタイル 60kg級 オリンピック初出場にして、日本の文田選手を破っての金。文田選手は期待された金を取れずに泣いていたけれど、オルタ選手も自分がやってのけた偉業を信じられない様子で涙目だったのが印象的だった。

セグエイ・トレス、フェルナンド・ダヤン photo by Granma, original: Reuters

【Seguey Torres Madrigal/Fernando Dayán Jorge】セグエイ・トレス・マドリガル/フェルナンド・ダヤン・ホルヘ
カヌー C2 1000m 今回のキューバのメダルで一番の感動!メダル候補でもなかったので朝一番で飛び込んできたニュースと映像見て、みんなビックリ。ラストで中国・ドイツとの接戦を制してのゴール場面、アナウンサーの興奮ぶりも話題になっていたっけ。いやー、マジで良かった!!

フリオ・セサル photo by Granma, original: Reuters

【Julio César La Cruz Peraza】フリオ・セサル・ラ・クルス・ペラサ
ボクシング 91kg級 キューバが歴代最高メダル数を誇るボクシングチームのキャプテン、リオ大会81kg級に続いて2大会連続の金。試合後のインタビューでめちゃくちゃ多弁だったのがキューバ人らしいなあ、と思ってしまった。

【Roniel Iglesias Sotolongo】ロニエル・イグレシアス・ソトロンゴ
ボクシング 69kg級 北京大会で銅、ロンドン大会で金メダル。前回リオ大会は出場権すら得ることができなかったところをカンバックしての金。感慨深く自らの復活劇を語っていた。

【Arlen López Cardona】アルレン・ロペス・ゴルドナ
ボクシング 81kg級 リオ大会75kg級金メダルに続いて2つ目の金。奥様が双子の子供を妊娠中だそうで、「双子ちゃんは生まれる前から金メダルを手にしている!」と新聞の見出し、お父ちゃん頑張った!

アンディ・クルス photo by Granma, original: Reuters

【Andy Cruz Gómez】アンディ・クルス・ゴメス
ボクシング 63kg級 オリンピック初出場にして金メダル候補として最も注目されていた選手。大会最終日にキューバ最後の金メダルをもたらし、まさしく有終の美を飾ってくれた。もう目指すはオリンピック連覇!

こうやってみるとやはりボクシングはすごい。8階級のうち7階級にそれぞれ一人ずつ選手を送り込み、金4つ、銅1つ(57kg級Lázaro J.Alvarez Estrada 選手)。

このほか、メダル候補でしっかり獲ってくれたのが、柔道4大会連続メダルのIdalys Ortizイダリス・オルティス選手(78超kg級・銀)、射撃リオ大会金メダルのLeuris Pupoレウリス・プポ選手(ラピッドファイアピストル・銀)、陸上円盤投げYaimé Pérezジャイメ・ペレス選手(銅)、テコンドーのRafael Albaラファエル・アルバ選手(銅)、そしてもう少しで金・銀フィニッシュだったのにーっと悔しかったのが、陸上幅跳びのJuán Miguel Echaverríaフアン・ミゲル・エチャベリア選手とMaikel Massóマイケル・マッソ選手。これはライブで見ていたのだけれど、二人とも1、2位につけながら途中で負傷して後半飛べずに記録を伸ばすことができず、最後の最後でギリシャのMiltiadis Tentoglou選手に抜かれて金・銀を逃してしまうという残念な幕切れにため息が出た。二人とも22歳と若いし、まだまだ次があるよ、と言っても表彰台での二人の表情がなんともいえず思わず泣けてしまった。

次もあるけど、やっぱり獲りたかった金メダル・・・photo by Granma, original: Reuters

と、メダルを獲った選手もそうでない選手も一人一人のこれまでの努力と立派な闘いぶりに敬意、TOKYOの閉会式会場の浮かび上がった一言「ARIGATO」を送りたい。

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東京オリンピックがいよいよ来週から始まる。

コロナの影響で1年延期、その原因となったコロナはいまだに収束が見えない状態で、世界中国境を超えた移動すらままならないこの状況で、まさかやらないだろう、いやもしかしてやる気か、こうなったらやるんだろうな、とここまできて現実味を帯びてきたオリンピックTOKIO2020。

キューバの選手たちも先日革命広場で壮行会を行い7月14日、日本へ発った。

壮行会での様子 Photo by Granma

キューバはスポーツが盛んなことで有名だ。スポーツを楽しむことが国民の権利であるとして、国を挙げてスポーツの振興、選手の育成に取り組んでいる。オリンピックへも多くの選手を送り出し、これまでも素晴らしい成績を上げてきた。夏季オリンピック歴代メダル獲得数を見ると全体で226個、うち金メダル78個は世界16位。ボクシングがダントツで多くのメダルを獲得しているが、他にも野球や女子バレー、柔道、レスリング、陸上などでもキューバの選手の活躍が目立つことを記憶している人も多いだろう。

キューバのオリンピックメダル獲得数、青:金、濃赤:銀、赤:銅 by Granma

オリンピックは世界的にも最高位にあるスポーツの祭典で日本でもそう認識されているが、実際のところその成績上位にある国、毎回多くの選手を送り込んでくる国を見ると、偏った地域と国でのみで盛り上がるイベントであることに気付く。いわゆる後進国といわれる国ではオリンピックが何であるかすら知らない人も多い、というのを南米で知り驚いた。オリンピックが開催中であっても人々は全く関心がなく、テレビ中継もなければ全然盛り上がらないのだ。

それを知った後、キューバでオリンピックイヤーを体験し「おおっ、盛り上がってる!」と感動したことを覚えている。テレビ中継は再放送含め24時間、自国の選手が出ていなくても人気がないスポーツでも、あらゆる種目、選手の活躍を放映する。パラリンピックも全て。テレビでスポーツを観戦してこれだけ盛り上がる人たちはいない、というほどキューバ人たちは画面の前で熱狂する。自国の選手が活躍すればなおさらだ。

今回東京オリンピックへは16種69名の選手(パラリンピック14名)が参加する。種目でいうと陸上、ボクシング、レスリング、柔道と個人競技での参加が目立つ。メダルが期待されるのはやはりボクシング、そしてレスリングのMijaín Lópezミハイン・ロペスが4大会連続で金メダル獲得するか、といったところが注目されている。陸上では先日の世界リレー選手権で金メダルを獲得した女子4×400mリレーチームが楽しみ。

4つ目の金メダルなるか、Mijaín López ミハイン・ロペス! photo by Cubadebate
5月の世界リレーで金メダルした彼女たちの活躍にも期待!photo by Granma

ところで今回一番残念で、一番驚いたのは野球が参加を逃してしまったことだ。そしていわゆるチームで競う団体競技の参加がない。これは最近のキューバのスポーツ界の特徴を示しているようにも思う。国の体制上、プロが存在しないキューバではスポーツで活躍して栄誉と名声は得られても、儲けにはならない。海外のプロスポーツ選手の生活ぶりを知れば、たとえお金のためだけではないにしろ、亡命してまでも海外でやってみたいという選手の気持ちは十分に理解できる。残念だけど優秀な選手が外へ行ってしまうのを止めることはできない。

ハバナの空港から日本へ立つ選手たち。おそろいのバックにはカタカナで「キューバ」の文字が!photo by Granma

今回、キューバの国旗を背負ってトーキョー出陣のSamurai Cubanos=キューバのサムライたち、コロナ禍決して正常ではない状態での大会だけど頑張れー!テレビで応援してるよーーー!!

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「今年の夏は、いつも違う特別な夏」

昭和の歌謡曲ならちょっとドキドキしてしまいそうなフレーズだけれど、現実はコロナの影響で海へ山へと楽しいバケーションも、久しぶりに家族で集う里帰りも自粛のムチャクチャネガティブな「特別な夏」だ。これはキューバでも同じ。あまりに長い、そしてここにきていつまで続くか分からない休みを楽しんでいるのは子供達ぐらい。

夏、といえば個人的にはヒロシマとナガサキ、原爆投下を思い出す。父が広島で被爆している我が家では夏休みの真っ只中、8月6日の朝はテレビの平和記念公園での式典中継を見ながら8時15分に黙祷するのが恒例だった。その後も年に一度のこの日のどこかで、ヒロシマを思う。キューバに来てからもそうだ。

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焼け野原になった街の様子を映し出す画面
サダコさんのお話はキューバで何度か放映されている。

フィデルは2003年3月に日本を訪問した際に広島を訪れている。この頃まだキューバを知らなかったけれど、3月とはいえ寒い日に黒っぽいコートを着て大勢の報道陣に囲まれながら平和公園で献花するフィデルの姿はよく覚えている。今回テレビで見たのはまさにその時の映像だった。

この時フィデルはQue jamás vuelva a ocurrir semejante barbarie このような野蛮な出来事が2度と起こりませんように、とメッセージを添えて記帳した。photo by Cubadebate

キューバへ来てから、革命勝利のその年にチェ・ゲバラも日本滞在中に広島へ足を運び、同じように献花している写真が残っていることを知った。そしてチェがフィデルに広島訪問について、「人として見ておかなくてはならない」と報告したということも。同じようなことを妻のアレイダにもわざわざ日本から葉書を出して伝え、同じ名前の娘アレイダも日本へ来た際にやはり広島を訪れている。

チェが広島を訪れた時の写真、ハバナのカバーニャ要塞チェの執務室資料館にも展示されている。photo by Cubadebate

こうしてキューバの革命を起こした重要人物たちが広島を知り、ヒロシマの重要性や歴史的事実が持つ意義をキューバの国民に伝えようとしたことは言うまでもない。キューバでは多くの人がヒロシマ・ナガサキを知っている。原爆投下された日の前後には関連するいくつかの報道がされ、学校でも原爆に関連する教育がされるという。少し偏屈な見方をすれば、アメリカという同じ敵を持ち、その敵に原爆投下という人類歴史上最も酷いといえるほどの仕打ちをされ叩きのめされながらも、戦後急速に発展し世界最高レベルの経済力を持つ国のひとつを作り上げた日本という国を見習うべく、キューバもアメリカの制裁にめげずやっていこう、という政治的プロパガンダとも取られるかもしれない。でも素直に見れば、現在キューバが掲げる平和的人道国家となるべく、こうした過去の悲惨な歴史を繰り返さない世界の構築に努めるべきと後世に伝えるためのヒロシマ・ナガサキの教えと考えていいだろう。

ヒロシマ、ナガサキ、そしてキューバ。 自分の中にあるヒロシマへの思いがなんだかの形で繋がってキューバへ流れ着いたんじゃないか、ふとそう思うことがある。

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キューバと日本、遠く離れた国同士ではあるけれど、二つの国の関係はとても良い。政治的、歴史的な関係はもちろんのこと、キューバ人は日本という国や日本文化、日本人に非常に関心があり、多くは日本をとても素晴らしい国としてリスペクトしてくれ、俗に言う「親日」であると感じる。社会主義つながりで中国やベトナムとの関係が深いけれど、同じアジアの国でありながら一般市民レベルでも意外にちゃんと各々の違いも認識されていて、その上で日本を評価してくれるのは日本人として嬉しい。

日本の発展したテクノロジーの高さについて「すごいよねー」と羨望されることがよくあるけれど、日本文化に関心を持って「日本大好き」という人も多い。今や世界中にいる日本のアニメ、漫画、ゲームに影響された「オタク」たちもたくさんいる。そして彼らの中には日本語に興味を持って勉強し、驚くほど上手に話す若者もいたりする。

スポーツでいえば野球、今季も日本のプロ野球シーズンが始まってからは日本で活躍するキューバ人選手の成績が連日ニュースで流れる。両国の野球を介した親善が盛んなのはよく知られた通りだ。柔道は世界レベルで有名だし、空手道、剣道、合気道の教室もたくさんあるし、先日は居合道をやっている人がいてびっくりした。

息子の通う空手の教室がハバナ郊外に作った新しい道場。沖縄発祥なんで沖縄風?

歴史的に見ると、キューバを初めて訪れた日本人は支倉常長であるとされる。支倉は1613年伊達政宗の命でローマ法王へ謁見するためローマを目指したその途中でキューバ、ハバナへ寄港した。

支倉常長の像は現在、ハバナ旧市街のハバナ湾沿いの道の脇に立ちキューバ人の間では「初めてキューバへ来た侍」像として知られる。

その後今から120年ほど前に日本から移民としてやってきた人たちがおり、今でも千人ほどの日系人がハバナや青年の島に暮らす。日本と国交樹立してからは今年で92年。ちなみに駐在の方なども含めキューバ在住日本人は、近年90〜100人で推移しているそう。

2018年には日本と国交樹立90年、日系移民120年で日本大使館主催の展覧会も開催された。

政治的な関係でいうと、日本はキューバに対してODAその他の形で多くの支援を行なっている。最近では日本の稲作用の農機具が導入され、早速キューバ各地に配置されたとのニュースがあった。米を主食とするキューバでは、米の自給率をあげるためにも日本から多くの援助を受けて近年その効果が上がっているとのこと。また今、ハバナ市内では昨年日本から送られたオレンジ色のゴミ収集車がそこら中で見られるし、消防車も日本から寄贈されたものが活躍している。

キューバで働く日本のくるま、その1
キューバで働く日本のくるま、その2

一方、一般の企業がキューバに投資しようという動きはアメリカとの国交回復後、一瞬盛り上がったがその後は萎んでしまった。日本人観光客はここ10〜15年で随分増えた。特にアメリカとの国交回復でこちらも「行くなら今!」的なコピーでブーム到来の兆しはあったが、その後落ち込むと言うほどではないにしろ伸びは期待したほどでもなく・・・これらの背後には日本とアメリカ、アメリカとキューバの関係が大きく関わっていることは言うまでもない。

あるカサ・パルティクラルの壁にあった日本人観光客の想い出。キューバへ行ってみたい日本人はまだまだ沢山いるはず!

TVでも日本の番組を時々やっている。アニメだけでなくドラマ、映画、ドキュメント番組まで、『おしん』はもう何度放送されたことか。年配の人だと日本=黒澤明、七人の侍、座頭市という回路の人も多い。そして黒澤を口にする年齢のおじさんの中には日本人と一緒に漁をした体験を持ち、船長と醤油で刺身を食べたことを自慢してくれる率も高い。実際に1960〜70年代には日本がキューバへ漁業関連の技術提供や指導を多くしていた。

それからキューバ人が日本について知っていることで注目した欲しいのは、ヒロシマ・ナガサキの認知度だ。キューバでは学校で子供達に日本の被爆体験について教えられる。毎年と9日は新聞なりTVなりでなんらかの報道がされ、多くの人がこの日付まで含めてヒロシマ・ナガサキを知っている。

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キューバで野球観戦

サッカーより断然、野球だ。

サッカーが盛んな静岡で育ち、Jリーグができて、日本がワールドカップに出場するようになっても、スペイン語を始めてスペイン語圏に関連するものならなんでも興味を持つようになっても、やっぱりサッカーより野球の方がおもしろいよなーと思う。

そしてキューバといえば、野球だ。

実際に暮らしていると確かに野球好きな人は多いと思うし、TVのスポーツニュースでも野球ネタは欠かせない。現在日本のプロ野球でプレーするキューバ人も複数いるので、シーズン中は彼らが出場した試合での活躍については必ず放映される。

そんな野球が国技といえるキューバでも、やはりサッカー人気はジワジワと台頭してきて、競技人口も増え一昨年からは国内リーグが開始された。週末にはスペインなどヨーロッパ各国リーグの試合を、大騒ぎしながらTV観戦をする人も多い。うちの息子も、訳もわかっちゃいないだろうに「俺、バルサ」と言って、「ゴーーーール!!!」の瞬間だけ盛り上がって試合を楽しんでいる。街中で野球をして遊ぶ子供より、サッカーをする子供が目立ち、将来の夢はサッカー選手という子の方が多くなったかもしれない。

それでも、やっぱり野球だ。

キューバの国内リーグは、Serie Nacionalセリエナシオナルと呼ばれる。通常8月に開幕、10月末までの第1シーズンで州ごとに1チーム全16チームが競い、上位8チームが第2シーズンへ、さらに4チームが1月の最終シーズンで優勝を争う。野球好きの人はこの時期にキューバへいたら、是非、球場へ足を運んでほしい。ハバナであれば、ハバナのチームIndustriales インドゥストリアーレスの本拠地であり、キューバが誇るラティーノアメリカーノ球場で観戦できる。

収容人数55,000人というが、果たしてそんなに入る?ベンチ席も多いのでよっぽどギューギューに詰めたらいけるのか・・・最近は野球観戦者数も減って、この客席が埋まることはほとんどない。一応ナイター対応可能だけれど、電力不足につきライトの使用を避けるためにデーゲームのみ。試合中球場内でのアルコールは禁止なので、売り子が魔法瓶持ってコーヒーを売りに来るという健全さ。でもキューバ人はアルコール入らなくても、大声を張り上げ熱くなるのは野球に限らずどんなスポーツでも同じ。試合中の鳴り物も個々に持ち込んでいて、賑やかだ。野球のプレーだけじゃなくて、観客観察をするのが面白い。

球場外観。青いペイントは、インドゥストリアーレスの色。

球場横にある看板。「勝利はすべての努力の積み重ねの上にある。フィデル」フィデル・カストロのスポーツに関する名言は多い。革命後、すべての国民にスポーツを楽しむ権利があるとして、奨励しアスリートの育成システムを確立させ、多くのキューバ人選手が世界を舞台に活躍してきた。日本では一大イベントであるオリンピックも中南米、他地域でも多くの後進国ではそれほど盛り上がらないし、存在すら知らない人たちも多い。その点でキューバは本当にスポーツが盛んだし、オリンピックも大いに盛り上がる。大会期間中、パラリンピックも含めTVでは24時間様々な競技が放映され、自国の選手が出場しない競技でも下位選手しか出ないような予選でもランダムに見られる。

実は、キューバのナショナルチームはまだ東京オリンピックの出場権を獲得していない。3月末にアメリカ大陸選手権上位入賞がオリンピック出場をかけて、最後の戦いのチャンスだったのだが、コロナの影響で大会延期となってしまった。オリンピックそのものも1年延期ということで、これがキューバチームにとって吉と出るか?!

また今年の国内リーグ開幕時期は、まだ決定していない。自粛生活が続く中、選手たちが自宅でトレーニングに励む姿、球場のメンテナンスなどは度々ニュースになっている。8月にはコロナも落ち着いて、通常開幕となるといいけど・・・

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から13日にハバナで開催される予定だった第70回ヘミングウェイ国際カジキ釣りトーナメントが中止となった。言うまでもなくコロナの影響でキューバは国境を閉鎖し、観光イベント等はすべて停止状態なのだから仕方がない。

今年開催されていれば第70回、その名にある通りキューバを愛した文豪ヘミングウェイが主催して始められた大会で、世界でもこの種の釣り大会では最も歴史のあると言われている。

60年前の大会にはフィデル・カストロも参加して優勝し、有名な二人のツーショット写真が撮影された。(写真はマリーナヘミングウェイ提供)

キューバにはヘミングウェイゆかりの地が多くあり、日本人観光客も多く訪れ賑わっているが、この大会は日本ではそれほど知られていないかもしれない。そもそも日本のカジキ釣り人口がどれくらいなのか知らないが、大会が中休みも含めて6日間に及ぶこと、キューバという遠方へ出向かねばならないこと、他の有名な釣り大会のように多額の賞金が出るわけでもないことから、日本からわざわざ参加が難しいというのがまずある。

だが日本とキューバの友好目的で「浜名湖キューバ ヘミングウェイカップ」というカジキ釣り大会が静岡県で開催されることが決定して、【送料無料】沖データ イメージドラム ブラックDR-C4CK 1個 AV・デジモノ パソコン・周辺機器 インク・インクカートリッジ・トナー トナー・カートリッジ その他のトナー・カートリッジ レビュー投稿で次回使える2000円クーポン全員にプレゼント、1日船に乗って貴重なカジキ釣り(見学)体験までさせていただいた。今年も浜名湖での大会関係者の方々が参加予定だったので、キューバ大会参加のお手伝いをして一緒にラテンな釣り大会を楽しませていただこう、と思っていたのに。何なら7月には日本へ行って、浜名湖の大会へも顔を出す予定だったのに。どちらも本年度の大会は中止。

すべてはコロナのせい。

今日のハバナの沖。波もほとんどなく静かだった。ヘミングウェイトーナメント中は我が家からすぐの海岸沖にも、大会参加の船が行くのが見える。

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コロナ感染予防対策の影響で、「ほぼ隔離生活」となり、徒然なるままに2ヶ月が過ぎた。できる限り規則正しい生活をして有り余る時間を有効に使おう、なんて考えているのは我が家で私だけで、男どもは妙な結束をして共に遅寝遅起き、気の向くままの毎日を送ってよし、としている。息子に対しては最初のうちこそ朝早く起こして午前中は机に向かわせようとしたけれど、今では夜遅くまで父親と一緒に映画を見て、時には昼近くまで寝て、食べて、午後からは同じアパートに住む友達が来て夕食の時間まで遊んで、を放任している。いかんなー。

休校対策として行われているテレビ授業は週2回の算数と国語(スペイン語)のみで、そこで出される宿題を1日のどこかで無理矢理一緒に座ってやらせるのが精一杯だ。他の国ならインターネットを使ってリモート授業を受けたり色々な教育サイトを利用したりできるのだろうけれど、我が家にネット環境はまだない。あったとしても一般家庭で繋ぎっぱなしにする贅沢はできない。キューバのインターネット事情は今だにそんなものなので、このコロナを機にネット環境の充実が加速することを願ってやまない。

それでも子供達が夢中になるのはデジタルな遊び=ゲームであって何処も同じ、みんなで座り込んで小さな画面に向かう忌々しい光景をここ2ヶ月毎日見せられている。時に中断させて一緒にドミノをやったり、パズルをやったりしているのだけれど、さすがにずっと相手をするわけにはいかない。キューバの子供達はこのまま夏休みへ突入、夏休み返上で授業はなさそうなので、なんと5ヶ月連続の休校!9月にスムーズに学校生活が開始できるとは、誰も信じない。親も先生たちも・・・

いつまで続くかこの「ほぼ隔離生活」。先が読めない不安はあるけれど、非日常のこの状態を楽しむ余裕はまだある。子供と一緒に久しぶりに算数の問題解いて、スペイン語の勉強して、家族でドミノして、いつもより丁寧に家事をやって、いつも以上に活字を読んで、いつも見られない映画を見て、思いのほかに退屈することもなく、あっという間に1日が過ぎる。

あっそれじゃ徒然なるまま、じゃないか。

折り紙たのし。6月といえば紫陽花(あじさい)、は日本限定だけど。

ハバナでプラネタリウム

プラネタリウム、と聞くとなんとなく昭和の匂い、子供の頃の想い出がよみがえり懐かしい感じがしてならない。小学生のとき、学区外へ子供同士で出かけるのは基本的に禁止されていたのだけど、高学年になるとバスに乗って中心街にある図書館や児童会館など学習目的の健全な場所へ行くことが解禁となった。児童会館には体験学習ができるような遊具や定期的なイベントなどがあって、週末や長期の休みには友達同士でよく行ったのだが、そこにはプラネタリウムが併設されていた。星にたいして興味があった訳ではないけれど、季節ごとに変わる内容を見た覚えがある。この地元のプラネタリウムは、だいぶ前に閉館したと聞いたけれど、最近日本のプラネタリウム事情はどうなんだろう・・・

ハバナ旧市街、ビエハ広場にプラネタリウムがある。元々映画館だったという広場に面したコロニアルな建物に入っているのだが、大きな看板が出ている訳でもないので、「こんなところにプラネタリウム?」と知らなければ見過ごしてしまう。

正面中央の白い2階建の建物がプラネタリウム。

正面入り口機の扉の横にスペイン語で「PLANETARIO」のプレートが掲げられおり、よーく見ると

Japón

の文字。そう、ハバナのプラネタリウムは日本産。2009年に日本とキューバの国交樹立80周年を記念してつくられたものなのだ。

コロニアルな建物の外観から想像がつかないが、中の施設はモダンで洒落ている。入り口を入るとすぐに、目の前にある大きくな「太陽」に驚く。その輝く「太陽」周りに惑星が配置されていて、館内全体で暗い宇宙の中に浮かぶ太陽系を表現するという凝った演出。

全体が撮れなかったので、上下2枚の写真で。どんな感じかわかる?

宇宙や星に関するパネル展示や体験施設がいくつかにあり、これらをガイドの案内で見学した後、いよいよプラネタリウム。

「ん?!どこで?」

ガイドに導かれて、なんと太陽の中へ!

太陽の球体がプラネタリウムの星が映し出される天球となる仕組み、素晴らしい発想じゃない!さすがHecho en Japón(メードインジャパン)!!座席もキューバの他の映画館みたいに硬かったり、沈みすぎたりせずにゆったり快適、星空の解説はほとんと覚えていないけれど空調の効いた「太陽」の中で、星空を見る体験はなかなかのものだった。

ハバナでプラネタリウム、いかが?

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ビエハ広場内。開館不定期。本来決まっているのだが、調整中、故障中などの理由でなぜか閉まっていることが多い。入場時間が決まっているので、希望時間のチケットを広場内すぐ近くにあるキオスクで購入。外国人10CUC。見学時間は約1時間、ガイド付き。

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65年前の、モンカダ兵舎襲撃の罪で投獄されていたフィデル・カストロが同士らとともに恩赦を受けて釈放された。モンカダ兵舎を襲撃した罪で1953年10月からこの日まで、フィデルらはイスラ・デ・ラ・フベントゥ(青年の島、当時のピノス島)にあるプレシディオ・モデロ刑務所へ約19ヶ月に渡って収容されていた。

釈放時、フィデルが手を挙げて仲間たちと刑務所から出てくるところを捉えた写真。この背後に映るのが、プレシディオ・モデロ刑務所の玄関なのだが、同じ場所を初めて訪れた時の高揚が忘れられない。

プレシディオ・モデロ刑務所は1968年の閉鎖後整備され、現在は一般に公開されている。広大な敷地の中にパノプティコン型と呼ばれる円形の牢獄、食堂などが配置されていて、当時のままの様子が見学できる。大量の囚人たちが収容された円形牢獄ではなく、別の建物にあるフィデルが過ごした場所も入場でき、そこには様々な関連資料が展示されている。

フィデルは投獄中、自らが行なったモンカダ兵舎襲撃の意義について国民へ説明するための文書を綴った。その出版は政府の検閲によって阻まれたため、極秘に牢の外にいる協力者たちを使って印刷し全国各地で配布、水面下で革命へ向けた活動を続けていた。それが効を評してフィデルのおこなった行為を支持する人々が増加、国民の政府に対する不信感が高まり、政府側もフィデルらを釈放しないことにはバチスタ政権を存続が危ういとし、恩赦を実施せざるを得なかった。

そのほかにも、日本人にとっては触れずにはいられない歴史がここにはある。第2時世界大戦中、アメリカの傀儡政権であったキューバは日本を敵国とみなし、キューバに暮らす日系移民たちをプレシディオ・モデロ刑務所へ投獄したのだ。日系移民たちが投獄されていた棟は公開されていないが、博物館にはイスラ・デ・フベントゥに暮らしていた日系移民家族の写真などが展示されている。

確かにこうした歴史は重いのだけれど、それほど遠くない昔が生々しく感じられて妙な興奮を覚え、キューバで訪れた史跡の中で、間違いなく一番心を揺さぶられた場所だ。

現在のイスラ・デ・フベントゥは、キューバの州ではなく「特別行政区」に区分されている人口8万4千人ほどの島。観光客はそれほど多くないのだが、島の人たちが比較的頻繁に移動することもありハバナ間は航空便と船便がそれぞれ1日2往復ほど出ている。一般的な観光スポットは、プレシディオ・モデロ刑務所とヌエバ・ヘロナの街、近郊のビーチなどでハバナからの日帰りも可能だが、のんびり島気分を味わうために1泊したいところ。エプソン ビジネスインクジェット用 インクパック(イエロー)/約5000ページ対応 IP01YB

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初めてのキューバ体験はなんだったろう?と振り返ると、やっぱり音楽だったように思う。お気楽極楽なお一人様生活を満喫していた90年代、当時住んでいた京都は自分で動きさえすればありとあらゆる文化体験が可能で、その日の気分でいろんな刺激をチョイスして楽しんでいた。20代後半、体力も気力も頂点だったあの頃、常にいろんな方向にアンテナ張って引っかかってくるものを片っ端から試していた中で、キューバ音楽がヒットした。ラテン系の音楽がかかるカフェがお気に入りでよく行っていたのだが、そこでサルサといわれる音楽やダンス、そのルーツであるキューバ音楽に出逢った。仕事帰りの何もない日には映画館か本屋かCD屋に寄るのが日課で、その日もヴァージンレコード河原町店(懐かしい!)をのぞいてみたところ、エスカレーター前ワールドミュージックコーナーのオススメ商品として並んでいた1枚が目についた。

Los VanVan 1974

決してメジャーとは言えないキューバ音楽のCDがこんなにすぐに見つかると思っていなかったから、嬉しくて即買い。早速聞いてみたところ、タイトルにある通り1974年収録の作品らしいけど、全然古くなくてむしろ斬新、ねとっ〜とまとわりついてくる感じのメロディーが独特でリズムで押してくるラテン系の音楽っぽくもない、それまでに聞いてイメージしていたキューバ音楽とは違う・・・後になってすぐにわかったのだが、ロス・バン・バンは当時からキューバを代表する超有名バンドだった。最初に聞いたそのCDがバンド結成から5年ほどの彼らの初期の音源で、中でもちょっと毛色の違う楽曲ばかりの作品だったから「これがキューバ音楽?」と思ったのは確かだけれど、そのクオリティーの高さは素人が聴いても明らかで、ドカーンとすごい衝撃を受けたのが忘れられない。それ以降、音楽の嗜好はキューバへグッと傾いていった。しばらくしてからスペイン語を学び始め、これがまたハマった。そして京都にいながら「ラテン」をキーワードに生活するようになる。

ちょうどその頃、1990年代後半から2000年代初め、映画とアルバム『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の世界的な大ヒットをきっかけに、日本にもにわかキューバブームがやってきた。ブエナ・ビスタに出演していたミュージシャンやキューバのビックバンドが次々に来日して公演が行われ、それらを追っかけてあちこちに出かけた日々が懐かしい。

2005年ついにキューバを初めて訪れることになるのだが、その目的は「キューバ音楽」に他ならなかった。事前に調べてわかったのは、Casa de la Música(カサ・デ・ラ・ムシカ)というライブハウスがあってそこで毎晩サルサなどのライブが行われている、そのほかにもホテル付属のカフェやホールで週末などにライブがある、ジャズは専門のジャスバーで、とざっくりしたものだったので、とにかく現地に着いてから情報収集するしかなかった。と言ってもインフォメーションセンターがあるわけでも、情報雑誌があるわけでも、もちろんネットで検索できるわけもなく(当時ネット接続はほぼ不可能)・・・今だにそうだけれどキューバでこの手の情報を得るのは非常に難しく、直前にならないと確かなことはわからない。だから昼間開店前のライブハウスへ一度足を運んで当日の公演予定をチェックし、その日のマチネー(夕方6時ぐらいからの昼公演)か夜公演(9時開場、深夜0時開演)へ行く、という作戦に出た。そうしてお気に入りから、初めて聴くバンドまで、時には2箇所をハシゴしてライブ三昧。

そのほか宿泊先のカサでラジオを聴いて、各所でのライブ情報もチェックした。すると週末にレーニン公園でロス・バン・バンの屋外ライブがあるという情報をキャッチ!調べたところレーニン公園はハバナの郊外、空港近くにある大きな公園とわかったので、小雨が降る中タクシーで向かった。タクシーのドライバーに行き先を告げても「バン・バンのライブ?知らんなー本当にあるの?」と言われ不安になったが、とにかく行ってみないことにはわからないし気がすまない。公園へ到着したが、ライブの気配は全くない。結局、その場にいた人に聞いてライブが中止になったと知り、仕方なく同じタクシーに乗って街へ帰ったという苦い想い出もある。この時ハバナだけでなくサンティアゴ・デ・クーバへも足を伸ばしたのだが、雰囲気たっぷりのCasa de la Trova(トローバの家)でラムを飲みながら聴いたベテランミュージシャンの歌も良かったなあー。

とにかくジャンルを問わず、生のキューバ音楽を堪能した初めてのキューバ。その土地で、その土地の人たちと一緒に時間を共有しながら聴く音楽は本当に最高だった。

今、キューバに暮らすようになって、よく言われるような「キューバ人にとって音楽は生活の一部」的なことは実感するけれど、自分自身は以前のように貪るように音楽を聴くことがなくなってしまった。贅沢にも身近にいつでも聴ける環境にあるというのに。でもやっぱりキューバの音楽が好きで、サルサもソンもルンバもキューバンジャズもトローバも、サンテリアに関わるちょっと宗教色のある音楽も。コロナ渦中で、ライブはしばらく無理そうだから家で手元にあるできる限りの音源を聴いてみましょうかね。